燕市って洋食器の町?いや今やiPodの町かも
小中学生の地誌的な話題では必ずと言っていいほど登場する新潟県燕市。
鍛えられてる諸君なら「洋食器生産で有名です」とすぐに答えが出てくるだろう。
スプーンにフォーク、フライパンと国内の金属洋食器のシェアが90%以上、ほとんど独占状態だといっていい。
では、なぜ洋食器生産で有名なのだろうか?
洋食器生産が盛んになる前、燕は釘やヤスリの産地だったという伝統があった。江戸時代前期、幕府の直轄地となった時に和釘の製造が農家の副業として始まった。これは信濃川と中ノ口川の分岐点にある為、水害に苦しんでいた領民の救済策だったのだが、江戸の度重なる大火で釘はいつも不足状態になっていて、、生産する釘がどんどん売れ釘鍛冶千人といわれるまでの繁栄となった。そして釘の生産の傍ら、鋸の目立て用のヤスリ、近隣の銅山で産出される銅を利用しての、槌器銅器、煙管を生産するようになっていった。明治時代の燕の産業の8割程度が和釘製造だったそうだ。ところが明治になって洋釘が輸入され和釘は大打撃を受ける(煙管は紙巻きたばこに!)。そこで、かねてより生産していた煙管やヤスリ、銅器づくりに力を入れ直したのである。この銅器だが、鎚器銅器という1枚の銅板を鎚でたたき、壺や水差し、鍋やかんなどを作る古い伝統工芸があったが、第1次世界大戦に伴う銅の高騰で打撃を受ける。が、この頃持ち込まれた金属食器を槌器銅器製造のノウハウを応用して大正年間頃からスプーンやフォークなどの金属食器が作れるようになった。やがて、機械による大量生産が始まって洋食器の町になっていったのである。戦後はステンレス製品を製造し輸出に力を入れて今の燕市があるというわけだ。
この燕市だが数日前のテレビで取り上げられていたのを見たので検索してみたら(21日の朝の企業紹介の番組だったような気がするのだが)、なんと2月22日の(TVTokyoのワールドビジネスサテライト)で取り上げられていた。なんとiPodの裏側の磨きがこの燕の磨き屋シンジケートで行われているというのだ。洋食器づくりで磨かれたノウハウがこんな形で生きているとは。燕の技術は先端を行っているものが多く、加工が難しいといわれたマグネシウムやチタン加工技術もある。iPodだけでなくPowerbookG4やSONYのVAIOなんかもお世話になっていたのかも知れない。
磨き職人さんにレポーターがiPodを聞かせてみたら「こんなの聞きながらじゃ集中できない!」とイヤホンをはずして磨いていたおじさんの姿が印象的だった。人工衛星の部品を作る大阪の中小企業、原発の部品の欠陥を見抜いていた大田区の下請け工場のおじさんのエピソードといい日本の中小企業の力は侮りがたい。しかし、これはすべて我々より上のおじさん達の話だ。今のヤング日本(この言葉の感覚の古さは申し訳ない。自分で書いておいてゲッだ)に何か力はあるのだろうか?
<参考にしたのは....>
・『世界で一番おもしろい地図帳』青春出版、2005年世界で一番おもしろい地図帳
・燕市のHP
・燕市産業史料館
・blogサイト Another::Postscript
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コメント
豆腐百珍さん
コメントありがとうございます。
貴blogにコメント書かせていただきました。
またご訪問ください。
投稿: かません | 2005年12月11日 (日) 06時43分
TBさせてください。よろしくお願いします。
投稿: 豆腐百珍 | 2005年11月20日 (日) 23時10分
校長先生
コメントありがとうございます。
ー短期公開してしまったあの写真、太った男が私です。ー
燕市は実に様々な分野の技術を蓄えていますね。日本の中小企業、すごいんですけれど、後継者がいないのが悩みだそうです。
子どもたちに、自立するよさと、働く楽しさを教えていきたいものですが......
投稿: かません | 2005年8月28日 (日) 10時19分
こんばんは
洋包丁の番組を見たことがあるような気がします。
もしかしたら燕市だったのかもしれないです。
全国の調理師さんがこの刃と柄が一体になっている有名な包丁を買い求めにくるという話でした。
投稿: princip | 2005年8月27日 (土) 22時13分